お寺あれこれ 41

境内の牡丹
今年は例年より一週間程遅く、今日も咲いています。牡丹は風、雨、陽に弱く、花が美しく咲いて一週間も持ちません。花の命は短しです。咲き切った牡丹は感謝し、その都度切り取っています。(来年の為)今日もボタンを見に何人かの方々が来られて喜んで帰って頂いたこと思います。花も誰かに見てもらって喜んでいるのでしょうか、それとも誰も見ていなくても命ある限り力いっぱい咲いているから見られようが,見られないようがそんな事はどうでもいいのでしょうね。来られた方もそれぞれの思いで見て頂いたら、私も皆様のお顔を拝見して喜んでいます。また牡丹の世話も楽しみです。先代老僧が育てていた牡丹もすでに40年以上経つものもあり、年に3本から5本ぐらい新し株に変えています。ときどき本などの資料を読むだけで、私の世話が、牡丹に好いのか悪いのかわかりませんが、今のところ咲いていますので、今後も身体が続く限り世話をしていくつもりです。しかしわからないことが多く年々花が小さくなり気になるところです。あと少しの期間ですが、牡丹が咲いています、どうぞご覧ください。今日は特に白いボダンが綺麗に咲いていました。

 

お寺あれこれ 40

年忌法要で聞かれた事

1.「塔婆の上部に書かれた文字はなんですか?」 悉曇(しったん=当時の書体のこと)梵字(ぼんじ=印度の文字)です。
先日、檀家様の法事が終り、墓参りの帰りに、塔婆の上に書いてある字は、「何ですか」という筆問がありました。漢字でもなく見慣れない字ですので、今までにも檀家さんから一度だけ聞かれることがありました。私が「インドの古代文字で、サンスクリット語なんです。」と言っても筆問されたご本人は何が何だかわからないようです。《十分な説明もできず》私も梵字(サンスクリット語)で空(キャ)風(カ)水(ラ)火(バ)地(ア)で宇宙のすべてを作る五大元素あるということと、また塔婆のもとは「お釈迦さまの仏塔(ストゥーパ)から始まった」ということぐらいしか知識がなかったので少し調べてみました。
お釈迦さまのご遺骨を最初は八等分に分け八基の仏塔に安置されました。その後インド各地に多くの仏塔ができ人々がお釈迦さま自身として礼拝するようになりました。もともとインドでは、塔は天と地を結びつける軸を意味し、仏塔も同様に天なる宇宙と地上のお釈迦さまの舎利(ご遺骨)を連結する場として礼拝したようです。紀元前二世紀にたてられたというサンチーの仏塔は、円形の基壇の上に伏鉢をつくり、そこに平頭を置き、その上の竿に傘蓋をたてた。この竿の部分が中国や日本に見られる五重塔上の相輪で、宝珠、竜車、水煙、宝輪、請花からなり、それぞれが空風水火地という宇宙をなりたたせる五大元素を象徴しています。そして、これから、五大元素に相応する方・円・三角・半月・宝珠の形をした五輪を重ねた五輪塔に発展しました。五輪塔は五輪塔婆ともいい、石造りから次第に角塔婆や板塔婆となり、現在みられるような細長い板の上部を五輪塔の形に刻まれた塔婆となりました。その上部の部分に書かれているのが今回問われた文字で悉曇梵字と言います。この文字は古いインドの文字の中六世紀頃できたもので、弘法大師が中国から日本に伝えられたものです。書かれている内容は悉曇梵字(サンスクリット語の変形)で五大元素を表す「キャ・カ・ラ・バ・ア」という種子(しゅし)を書き、その下に故人の戒名を書き、追善のために墓にたてるようにまりました。(五大元素以外にも梵字を記しますが、宗派によって梵字が異なります。浄土宗ですと阿弥陀仏ですから種子字はキリークです。)
以上長々と書きましたが、まとめると今回筆問された塔婆の文字は「悉曇梵字」ということになります。梵字とは梵語(印度の言葉)を書く字という意味です。塔婆の上から「キャ・カ・ラ・バ・ア」と読み「空・風・火・水・地」を表す種子なのです。種子とは、くわしくは種子字といいます。字から意味や功徳が発生するのが、ちょうど植物の種に似ているとの意で名付けられました。ですから仏、菩薩、その他の事物を表現する一種の符号のようなものです。宍戸先生の資料
2.一枚起請文中の尼入道とは、どういう意味ですか。
私の理解する「尼入道」は、尼僧であるが、形だけの出家者だと思っていましたが、ある資料には、在家のまま髪をそって、仏道にはいり(在俗の生活を送っている)男女。と説明がありました。その部分だけを取り上げますと、「お念仏の教えを信ずる人たちは、たとえ、お釈迦さまが生涯をかけてお説きになったみ教えをしっかり学んだとしても、自分はその一説も知らない愚か者と自省し、出家とは名ばかりでただ髪を下ろしただけの人が、仏の教えを学んでいなくとも心の底からお念仏をとなえているように、決して智慧あるもののふりをせず、ただひたすら念仏をとなえなさい。」と現代語訳されていました。てらこやブックスより
筆問された方はお若い女性でしたが、私自身が勉強になりました。