お寺あれこれ 2

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寺院会計が不透明であることから一般の皆様からよく指摘を受けるのが葬式や法要の布施収入です。布施収入が宗教法人の非課税措置でそのまま「住職の収入」になると思われるようですが、私たち住職の収入は寺から給与(給与額に応じて納税)として収入を得ています。実際は住職も会社員の皆様と同じで、給与により住職や寺族(家族)が生活ができるのです。当山の場合は、寺に入るすべての収入はいったん宗教法人の通帳に入れ(所管の税務署の指導)、その後会計帳簿に記載し寺を維持管理しています。また月々の会計集計表を作成し、その都度年金機構に月々の必要経費(社会保険料、健康保険料)を納めまた年2回に分け給与に対する所得税を税務署に納めています。宗教法人自体には優遇制度がありますが、住職や寺族に対する特例などありません。また当山は例年春彼岸会の後、寺総代から寺会計(護持会・特別会計)の会計報告をしています。今から30年ほど前から浄土宗や教区による「宗教教法人の会計事務・税務」などの指導や研修会がありましたが、各寺院の住職の考えや寺の事情があり、一部の寺院の収支決算書を作成するのが進まないようです。しかし「お寺やから許されるわ」、今までも今後も許される事ではありません。寺の不透明な会計が社会から信用をなくす一つの要因だと思います。私が疑問に思うのは、「宗教法人法附則第23項」において収支決算書の作成義務の免除として、その一会計年度の収入の額が寡少であるときは、作成が免除されます。寡少とは宗教活動収入、会費収入、寄付収入、、助成収入、資産収入の総額の8000万以下となっています。(平成8年文部省告示116号)この規則を思うと、他の宗教法人や仏教会の寺院は余り当てにしていないのか、税収の増税を考えるなら寡少金額を下げるといいと思いますが、下げると滅びゆく寺院がますます加速するのでしょうか、私が言いたいのは、寺には大小寺院がありますが、住職個人の収入と寺の収入は別のものです。支出も同じです。寺の収入の多い少ないは関係なく寺の収入は寺の事業や維持運営に使い、会計監査と適正な会計と会計報告を行い寺を維持運営をすることです。寺以外に職を持たれた住職が忙しいから寺の収支決算書ができないでは許されません、寺だけの住職も同じことです。でも今の宗教法人のこの規定では、ほとんどの全国のお寺(収入が8000万以上ある寺はごく僅かの寺院だけであり、ほとんどの寺院の収入は8000万以下の寺院であります。)は、収支決算書の作成が免除になります。私だけが思うことなのでしょうか、国もこんな中途半端な政策ではだめです。「余計な事だ。そんな時間はない」とこれを読まれた他寺住職は批判されるかもわかりませんが、一般の方がアルバイトやパートで得られた収入でも103万以上得た場合は、収入を申告し納税をしなければいけません。130万?以上の収入だと扶養家族から外れことになると思います。国民の中には多くの人々が最低限の収入で限られた生活をされています。このことを私たち住職もよく考えなければいけないことだと思います。住職や仏教教団がなんの反省もなしに、今の体制や寺の生活にあぐらをかいていたなら、寺院は確実に社会から取り残されみじめな形で滅びる時代はそう遠くないように思います。

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