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お寺あれこれ 64

いもほり
今年はツルボケでいもが取れないと思っていましたが、例年と同じくらい取れました。孫も喜んでいました。楽しいひと時でした。

お寺あれこれ 63

ー台風ー

境内の掃除道具や墓地のバケツ等を片付け、本堂周りの雨戸から雨が入らないよう雑巾を隙間に摘め。諸堂の方は全ての雨戸を閉める。台風前はいつも建物、境内、墓地に被害がでないか心配です。建物の火災地震保険に入っていますが、証書や約款も目を通したこともなく内容もわからず、ただ時だけが過ぎ大きな保険料を支払うわけですが、先日6月18日の大阪北部地震があり、本堂と書院の一部に亀裂や壁には約15カ所に被害が確認できたので、保険会社へ連絡したところ、建物の被害確認と査定に来られました。書院の保険は以前の保険会社から,3年前に浄土宗が推薦する保険会社に変えました。本堂も現在入っている保険会社からいずれ変える予定をしています。ところで、書院の保険会社は、被害状況と地震保険の内容説明があり、一週間後には調査の結果報告がありましたが、現在本堂に掛けている保険会社はまだ、正式な結果報告が無いわけです。本堂のどの部分にどれだけの被害状況があり、何を基準に調査し、被害報告書を持ってくるよう連絡しましたが、いまだになんの説明もありません。其々の保険会社の約款内容によっても、担当者や調査をされる方の判断で調査結果が変わってくるものです。しかし、住職が普段から気にかけ台風や地震のときは、建物に被害がなかったのか、確認し少しでも被害があれば連絡するよう心掛けています。ほとんどの方は、保険内容まで把握できないものですから、保険会社は保険(保障)金額を上げ、時価額補償にしています。例えば、その建物に1700万の保障額として、実際に被害が出ても限度額は時価額補償「770万」しかでないようにしているのです。証書や約款には専門用語で記載してますので、素人の私たちにはわからないようにしています。また地震保険でも、保険総額の半額で10分の1以下の被害額ですと、一切でないということですから、地震保険は全壊、半壊「一部損もあるが」するような大きな被害がでないと、保険金がでないようにしているわけです。保険会社は契約者から被害報告があれば、どれだけの被害状況なのか、何を基準にどのような調査したのか、その調査結果は連絡頂きたいものです。保険に入っている私たちも時々は契約内容を見直し、他の保険会社に見積を頼むのも勉強になります。
外では、台風21号が猛威を振るい今まで経験したことのない激しい暴風雨でカーポートが傾き、庭の百日紅も御堂に倒れかけていました。また本堂諸堂内は雨漏りが多々あり走り回っていました。境内墓地は供花や樹木の葉が飛び散っています。明日から掃除が大変です。

お寺あれこれ 62

お盆を終えて

今年の棚経参りでは何件かお断りの連絡がありました。其々高齢者世帯の方や体調が悪い檀信徒の方である。ご病気で療養中のこと早く良くなって頂きたいものです。この夏は例年になく厳しい暑さが続きましたので、昼間には庭や境内の掃除もできず、中途で途切れたような気持ちでお盆を迎えました。先ずは遠方(大阪、神戸)の棚経参りです、また他寺の施餓鬼会に随喜し、続いて京都市内、大津市内に行き,最後に亀岡市内を回り、私にとってのお盆の行事が終りました。お仏壇の前には精霊棚があり、先祖様の供養とともに、普段供養されない精霊にも供養させて頂きました。お勤め中は経本を持ち、ご一緒に念仏を称えて頂いた方、うちわで背中を扇いで頂いた方、冷たいお茶をご用意して頂いた方、等々色々とお心遣い有難うございました。
ところで毎年思うのですが、旧暦7月15日「旧歴盆」が今年はいつなのか、2018年は8月25日です。その年によって多少の前後があり、8月中頃から9月初旬の初秋頃が旧暦盆の時期であったようです。なぜ日がかわるのか、この年になってもわからず、調べてみますと、「平成31年、浄土寶暦」に歴の見方、【暦法、旧暦と新暦のちがい】太陰暦、朔望月(月の満ち欠けの周期)を1ヶ月とする暦法、太陽歴、地球が太陽の周りを回る周期を基にして作られた暦法、太陰暦は純太陰暦と太陰太陽暦の2種類ありますが、日本では暦法が初めて用いられたのは推古天皇12年(604)といわれ、明治5年(1872)の太陽歴採用までの千数百年間、改暦はありながらも一貫して立春の頃を年始とする太陰太陽暦が用いられた。明治5年以降は太陰歴(旧暦)から太陽歴(グレゴリー歴、新暦)へ変更され、現在でも太陽歴がが用いられています。・・・・と載っていました。
関東では新暦の7月盆にお盆が行われ、関西では1ヶ月遅れの新暦8月盆です。またある一部の地域では旧暦盆の時期にお盆の行事が行われているようです。時期的には関西の8月盆が昔の盆の時期に近いですね。私たち日本人のふるさとを想う心が忘れられています。お盆は家族が仲良く過ごして、ご先祖を迎え、自分を育てた頂いた父母や祖父母に感謝し、今後の人生を静かに考える時ではないでしょうか。

 

 

 

お寺あれこれ 61

お盆を迎え―お供え物ー

猛暑が続き孫と一緒に作っている夏野菜も少々弱り気味です。夕方の水やりが大変です。8月8日の盆施餓鬼会に収穫できた野菜も供えられたらいいのですが、今日はカボチャとキュウリととゴーヤが取れました。午前中は京都まで棚経参りに行って来ました。夕陽が落ちてから墓の掃除と草引きです。当山から愛宕山がよく見えていますが、7月31日は千日「火迺要慎」参りです。また火星が地球に最も近づく日だそうです。東南の夜空に赤く光る火星が輝いていました。いよいよお盆が来ました。

 

 

 

お寺あれこれ 60

床が変われば眠れず。

昔の職場仲間と久々に食事をしました。メンバーそれぞれが寺の住職なのでなかなか日程が決まらず調整にもひと苦労です。今回は琵琶湖湖岸にある旅館で食事と温泉が楽しめましたが、なんといっても琵琶湖の夜景が絶景でした。昼間は参加された住職さんの寺が近くにあり、表敬訪問し庭を拝見する。住職と檀家の方で作った庭だそうです。三門に入る石畳には両側には石積の上に松が並び本堂前に数本立派な松があり見事です。その内の何本かの松は住職が剪定をされるそうです。また本堂裏には昔竹藪であった所をその住職と奥様が竹藪を自ら伐採して桜を植えられたそうです。春には方丈からの桜が見事だそうです。それにしても住職ご夫妻と有志の檀家さんによってできた手作りの境内と庭には感心させられます。どれほどの時間と労力がかかったことか、健康でなければ庭の掃除も剪定もできないし、なにより庭の話しができません。お互い健康には注意したいものです。仲間との楽しいひと時も過ぎ、別れを惜しみながら自坊(寺)へ帰る。妻に土産話をして、寝ようと自分の部屋に入ると整理整頓してあり、私の寝るところは、二男の部屋に変わっていました。床に入って、横になると、二男の使っていた本棚や机と椅子が自然と目に入り、子供から独立まするまでの様々な想い出が頭に浮かんで眠れません。子供の独立とは親にとって、なにか寂しいものです。眠れず 歳かな