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お寺あれこれ 71

平成に感謝し令和を迎える。「御十念」のこころ

知人のご住職が亡くなられた。突然の訃報に驚きと深い悲しみである。その方とは、祖山知恩院で大変お世話になった思い出があり、何とも言えない寂しい心境である。しかしこの年になるといつ死んでもおかしくない話しです。心の準備というか、自分自身の葬儀と準備(心構え)はしているつもりでも、いざ身内や身近な友が亡くなることは、まことに寂しいものです。しかしおそかれ、はやかれお浄土でお会いできる。またあれこれと話し美味しい酒を飲みかわしたいものです。
寺の住職がご遷化され弔問に行くと、通夜や本葬で「御十念」料を頂くが、これは弔問会葬に対するお礼ではなく、後日自坊(各寺)で回向をしてもらためのものである。しかし最近能化(住職)の葬儀では戒名紙がないところがある。朝のお勤めで回向ができない。後日寺に帰り回向をしますので、遷化された住職の戒名は必ず必要である。能化(住職)の葬儀は、経験のない弟子に、今日伝え明日でるものではない。普段から住職として伝えるべきことは伝え、準備するものは予め準備が必要です。もちろん法類や組内寺院の協力がなければできないものです。書棚には寺葬の資料があるが、遺弟(弟子)には、場を踏む経験が必要である。要は学ぶ気にならなければ、何の役にも立たない。
ところで、今日から元号が令和となる。「れいわ」という言葉も耳に優しく聞こえがよい、また「れいわ」の漢字も見慣れてきた。前天皇は平成という時代を、天皇として30年間勤めを終えられ、私たち国民に「深い信頼と敬愛を以て行い得たことは幸せでした。」と感謝を述べられた。誠に有難い事です。いつまでもお元気にお過ごし頂きたいものです。令和を歩まれる新天皇陛下は「国民に寄り添い、人々と共に喜び、あるいは共に悲しみながら、象徴としての務めを果たしたい」と語られた。令和は万葉集から、引用ということですが、むずかしいことはわからないが、平成に引き続き戦争がない平和な時代を願いたい、過去や伝統も大切であるが、新天皇は山登りが趣味と聞いていますが、多忙な公務は減らされて、ご自分の趣味も人生もご家族と共に楽しんで頂きたいものです。天皇陛下のご即位を心よりお祝い申し上げます。



お寺あれこれ 70

亀岡船桑組浄土宗青年会主催で工藤美和子先生の「お念仏からはじまる幸せ」と題して3月30日に当山にて講演がありました。先生は華頂短期大学で特に仏教を学生に教えられています。ご自分も学生の時に、他の大学から仏教大学大学院に入られて、寺育ちではなく、志があり浄土宗僧侶になられたそうです。歯に衣着せぬ口調で法然上人の念仏の教え「阿弥陀仏の本願」からご自分の念仏人生についての幸せ感をお話しいただきました。

お寺あれこれ 69

知恩院にて仏前結婚式
最近は、宗教色がなく結婚式も駅の広場や山や海での個性豊かな形で執り行われています。先日急な事でしたが、二男が結婚式を総本山知恩院で挙げました。式場は阿弥陀堂の阿弥陀さまみ前に於いて、御誡師のもと厳粛に進められ、新郎新婦が誓いの言葉を読み上げ、無事終わりました。新郎のみ緊張気味でした。最近は浄土宗檀信徒だけではなく、一般の皆様も和服(紋付き袴)や洋服(ドレス)で、挙式をされています。知恩院での仏前結婚もお勧めです。

お寺あれこれ 68

今日は久しぶりに天気が良く保津川に散歩に行く、保津川の河川敷や堤防沿いの工事がもう何年も続いていまる。小橋のところに水仙の群衆があり花が咲き初め春が少しづつ近づいていますが、まだまだ寒風が強く体が冷え切り春が待遠し気持ちです。このところ忙しい日が続きましたが、昨日昔の仲間と食事会楽しいひと時を過ごしました。それぞれ定年後の年金、孫の話し、病気、介護のことなど、この年になると定番の話しとなる。日常生活の話しですが、やはり楽しいものです。次回の予定を約束し、それぞれの健康を願い別れる。
今日は、二男が勤行式(お勤め)の練習に来ます。お経を覚えるには毎日称える以外ありませんが、普段称えるお経(阿弥陀経、仏身願文、四誓偈)以外は、朝のお勤めの時に順次繰り返すことで、頭の中にとどめて置くことがますが、なかなか経文が出てこないことがあり、不安になることがあります。
今月はお釈迦さまの涅槃会です。お釈迦さまの最後の旅では、大病の時に、弟子のアーナンダが、お釈迦さま亡き後、何を頼りとして生きていくべきかを、お釈迦さまに尋ねたところ、『アーナンダよ、この世においては、みずからを島とし、みずからをよりどころ(帰依所)となし、他をよりどころとせず、法を島とし、法をよりどころとなし、他のものをよりどころとせずにあれ』と答えられました。そして最後の言葉が、クシナガラに赴き、二本の沙羅双樹の間に横に臥されて「もろもろの現象は過ぎ去るものである。怠ることなく修行を完成せよ」と弟子たちに告げられたと伝えられています。拠り所=真実の自己と永遠普遍の真理(法)「大般涅槃経」
お釈迦さまの身体は、荼毘に付され、舎利「遺骨」は、ゆかりのあったシャーキャー族をはじめとする八つの種族に分け、それぞれの国に持ち帰って、ストゥ―パ(仏塔)が建てられました。当山も仏教を開かれたお釈迦さまの遺徳を偲び、念仏を称え報恩感謝の涅槃会を2月16日に執り行います。檀信徒の皆さんお参りして下さい。

お寺あれこれ 67

年末年始は恒例の大掃除と正月の準備であっという間に過ぎてしまいました。昨年は檀信徒の方で、お墓に関する相談が多く年末も当山に墓所をお持ちで、継承者がなく墓所を整理することや、また出身地の寺で両親の永代供養をしているので、自分もそちらの寺で供養をお願いするということです。その方はやむなく当山にある墓地を返還されました。新しく墓所をお求めに来られた方には、即断はせず今後の事を含め、出来れば同じ宗派の墓地をお勧めする。こだわりがなければ大きな霊園墓地や各宗派の本山の納骨堂や永代供養も一つの考えであることを伝える。わざわざ年末に相談に来られたが私の考えを聞いて帰って頂いた。当山もこの数年で18件の檀信徒の方が他の墓地へ改葬された。仏壇や墓地が家系で受継がれ供養されない時代である。供養も墓も個人一代で終わり彷徨い多様化する時代である。寺院消滅とは当寺のことではないかと心配する。今年も寒波の中新春を迎える。昨年暮れに歴代上人墓所の耐震工事を終了し、続いて今年の春彼岸には私以降が入る歴代住職の墓所が完成する。自分が入る墓所ができることは安心である。今年は天皇ご退位の年で年号が変わる記念すべき年に墓所が完成することは、喜ばしことです。一休禅師の「元旦や冥途の旅の一里塚めでたくもありめでたくもなし」という歌がある。正月に門松を立てることは死出の旅路であるという生死「人生」観に対する」問いかけである。日々是元旦、日々是大晦日、日々、時々刻々、この一年を送りたいものです。