お寺あれえこれ 69

知恩院にて仏前結婚式
最近は、宗教色がなく結婚式も駅の広場や山や海での個性豊かな形で執り行われています。先日急な事でしたが、二男が結婚式を総本山知恩院で挙げました。式場は阿弥陀堂の阿弥陀さまみ前に於いて、御誡師のもと厳粛に進められ、新郎新婦が誓いの言葉を読み上げ、無事終わりました。新郎のみ緊張気味でした。最近は浄土宗檀信徒だけではなく、一般の皆様も和服(紋付き袴)や洋服(ドレス)で、挙式をされています。知恩院での仏前結婚もお勧めです。

お寺あれこれ 68

今日は久しぶりに天気が良く保津川に散歩に行く、保津川の河川敷や堤防沿いの工事がもう何年も続いていまる。小橋のところに水仙の群衆があり花が咲き初め春が少しづつ近づいていますが、まだまだ寒風が強く体が冷え切り春が待遠し気持ちです。このところ忙しい日が続きましたが、昨日昔の仲間と食事会楽しいひと時を過ごしました。それぞれ定年後の年金、孫の話し、病気、介護のことなど、この年になると定番の話しとなる。日常生活の話しですが、やはり楽しいものです。次回の予定を約束し、それぞれの健康を願い別れる。
今日は、二男が勤行式(お勤め)の練習に来ます。お経を覚えるには毎日称える以外ありませんが、普段称えるお経(阿弥陀経、仏身願文、四誓偈)以外は、朝のお勤めの時に順次繰り返すことで、頭の中にとどめて置くことがますが、なかなか経文が出てこないことがあり、不安になることがあります。
今月はお釈迦さまの涅槃会です。お釈迦さまの最後の旅では、大病の時に、弟子のアーナンダが、お釈迦さま亡き後、何を頼りとして生きていくべきかを、お釈迦さまに尋ねたところ、『アーナンダよ、この世においては、みずからを島とし、みずからをよりどころ(帰依所)となし、他をよりどころとせず、法を島とし、法をよりどころとなし、他のものをよりどころとせずにあれ』と答えられました。そして最後の言葉が、クシナガラに赴き、二本の沙羅双樹の間に横に臥されて「もろもろの現象は過ぎ去るものである。怠ることなく修行を完成せよ」と弟子たちに告げられたと伝えられています。拠り所=真実の自己と永遠普遍の真理(法)「大般涅槃経」
お釈迦さまの身体は、荼毘に付され、舎利「遺骨」は、ゆかりのあったシャーキャー族をはじめとする八つの種族に分け、それぞれの国に持ち帰って、ストゥ―パ(仏塔)が建てられました。当山も仏教を開かれたお釈迦さまの遺徳を偲び、念仏を称え報恩感謝の涅槃会を2月16日に執り行います。檀信徒の皆さんお参りして下さい。

お寺あれこれ 67

年末年始は恒例の大掃除と正月の準備であっという間に過ぎてしまいました。昨年は檀信徒の方で、お墓に関する相談が多く年末も当山に墓所をお持ちで、継承者がなく墓所を整理することや、また出身地の寺で両親の永代供養をしているので、自分もそちらの寺で供養をお願いするということです。その方はやむなく当山にある墓地を返還されました。新しく墓所をお求めに来られた方には、即断はせず今後の事を含め、出来れば同じ宗派の墓地をお勧めする。こだわりがなければ大きな霊園墓地や各宗派の本山の納骨堂や永代供養も一つの考えであることを伝える。わざわざ年末に相談に来られたが私の考えを聞いて帰って頂いた。当山もこの数年で18件の檀信徒の方が他の墓地へ改葬された。仏壇や墓地が家系で受継がれ供養されない時代である。供養も墓も個人一代で終わり彷徨い多様化する時代である。寺院消滅とは当寺のことではないかと心配する。今年も寒波の中新春を迎える。昨年暮れに歴代上人墓所の耐震工事を終了し、続いて今年の春彼岸には私以降が入る歴代住職の墓所が完成する。自分が入る墓所ができることは安心である。今年は天皇ご退位の年で年号が変わる記念すべき年に墓所が完成することは、喜ばしことです。一休禅師の「元旦や冥途の旅の一里塚めでたくもありめでたくもなし」という歌がある。正月に門松を立てることは死出の旅路であるという生死「人生」観に対する」問いかけである。日々是元旦、日々是大晦日、日々、時々刻々、この一年を送りたいものです。

お寺あれこれ 66

日々 健康
ここ最近耳に入ってくるのが、病気である。入院、手術、痴呆などけして他人ごとではなく明日は我が身である。今日もある方が相談に来られた。親戚の方が若年性痴呆症で日常生活ができなくなり、墓、仏壇の相談である。当山とは別に菩提寺があるようなので、その住職さんに相談するよう勧めるが、その菩提寺も疎遠とのこと、もし対応できなければ当山で対応することで帰って頂いた。また私ごとであるが、ご遠方の住職さんから粗品を頂いたので、お礼の電話をしたところ入院手術されたとのことである。いつもの元気な声ではなく弱々しい声である、早々にお礼とお見舞いを言って電話をきる。私自身も盆前に人間ドックを受診して再検査するよう結果通知がされていた。先日心配しながら再度検査を受けさいわい今のところ経過観察でいいようある。ほっとひと安心である。日常の生活ができ、お勤めや掃除ができることがどれほどありがたいことか感謝である。今日も松の剪定をしていたら、孫がお爺ちゃん風呂入ろうー。と言ってくれます。湯舟はおもちゃでいっぱい、遊んでから身体を洗い孫二人と入浴も楽しいのであるが、疲れるのも本音である。この時期しかできない楽しみなのですから今日も一緒お風呂に入りました。
話しはかわりますが、昨日電話での問合せである、内容は葬式に使われた遺影で、処分をどうしたらいいかということである。ある寺の檀信徒の方であるらしいが、当寺の檀信徒の方であれば話もしよいが、顔もわからず面識もなければ、どのようなお考えで相談されているのかわからず、答え方が難しものである。やはり菩提寺の住職に相談するようにお話をさせて頂いた。遺影を前もって準備をされている方は、それなりに自分の葬儀をお考えの方である。自画像を画家に依頼するなり、自分の気に入った写真を遺影として写真家に依頼される方は、一般的には稀である。私も写真は一応撮ってはいるものの気にいってはいない。いつ死ぬかわからないので、遺影の準備は必要である。但し自分が納得したものを葬式で使ってもらいたいが、これも遺弟(副住職)に伝えはいてもどうなるかわからない。私の葬式の式次第や組内寺院の注意事項はまとめたものを残してはいるが、遺弟がその資料を見て能化の葬式ができるとは思わない。焼香一つ立ち振る舞いなど儀式や法要での所作や作法は、普段からの僧侶としての生活や心構えが言葉や所作として顕れる。話しがそれたが、葬式の遺影の処分であるが、気になるようなら菩提寺の住職に供養を依頼して心の整理ができてから、丁重に処分されたらいいのではないでしょうか。その方の心の持ちようであるが、葬式が終れば、遺影も必要がなくなり、かと言って簡単に処分できなくお困りの方もおられます。自分で処分ができないようなら専門業者に依頼されるとか、最終的にはご自分の判断です。
今日から師走、なにかといぞがしくなる時期です。今日は境内墓地にある歴代諸上人の墓所の耐震と改修工事です。朝から付きっきりで作業を確認し墓碑位置を決め設置し三日ほどで作業も終了予定です。明日は法事が2件と月参りが2件あり、久しぶりに忙しい一日です。

お寺あれこれ 65

秋 今日この頃
この月の初めには、組内寺院で五重相伝が行われました。五重相伝は檀信徒の皆様が浄土宗の教えを学び念仏信仰に入って頂く為の大切な道場です。私たち組内寺院の住職も受者(檀信徒)の皆様と共に念仏を称え、お勤め、勧誡(念仏の教えを順序を正して組織的に説く法話を聴聞)、回向、礼拝等の前行(四日間)と最終日に正伝法(入道場)があり、朝9時から夕方5時まで五日間随喜・お手伝いをさせて頂きました。当山からも2名の檀家さんがご参加されて、日頃自分ではなかなか念仏も称えられないが、同行であれば念仏も称えられたし、勧誡師による法話や最後の正伝法では、念仏の要点を聴聞できたことが何より感銘されたそうです。私も勧めてよかったです。住職として自信がなければなかなか五重相伝や授戒はできません。私は三巻書、授菩薩戒儀、選択集、観経疏、浄土三部経等々ろくに目を通したこともなければ、それらを理解することもできず、本棚に埃をかぶっだままである。一昨年の冬安居を受講した際に、講師の先生から頂いた著書に「檀家の方で3年間かけ選択本願念仏集をその先生の講義を受けながら読まれた」ことが載っていたのか、先生がお話になったのか、忘れましたが私の心に印象強く今も心に残っています。やる気さえあれば、私でも今から勉強できるのではと思うのですが、現実はなかなかそうはいきません。あと何年生きられるのか、元気な内に勉強ができればいいのですが、こんなことを思いながら法事や掃除や日常の寺務をしています。亀岡祭の25日には東京から田舎の小さな寺に女性の方が5名参拝に来られました。有難い事です。27日は当山で亀岡組浄青主催の研修会「五重相伝を学ぶ、要偈道場」がありました。この月末は病院に通い、31日は法事でした。ご夫婦とお若いご子息2名も来られたことがなにより、亡くなられたお爺さんお婆さんの供養になったのでは、と思います。午後からはお借りしている畑の草刈りでした。盆以降掃除をしてなかったので、草が伸びほうだいでご迷惑かけました。
今年もあと二ヶ月です。「今日一日は小さな一生である。」また「一日のたしなみが一生のたしなみ、一日たしなみてそのまま終われば、一生のたしなみになる。」村田念仏(真宗高田派)と説かれた。たしたみとは念仏相続のこと、この言葉が忘れられても念仏を怠らなければいいことだ。今の私にはこの言葉が心にしみるのです。

お寺あれこれ 64

いもほり
今年はツルボケでいもが取れないと思っていましたが、例年と同じくらい取れました。孫も喜んでいました。楽しいひと時でした。

お寺あれこれ 63

ー台風ー

境内の掃除道具や墓地のバケツ等を片付け、本堂周りの雨戸から雨が入らないよう雑巾を隙間に摘め。諸堂の方は全ての雨戸を閉める。台風前はいつも建物、境内、墓地に被害がでないか心配です。建物の火災地震保険に入っていますが、証書や約款も目を通したこともなく内容もわからず、ただ時だけが過ぎ大きな保険料を支払うわけですが、先日6月18日の大阪北部地震があり、本堂と書院の一部に亀裂や壁には約15カ所に被害が確認できたので、保険会社へ連絡したところ、建物の被害確認と査定に来られました。書院の保険は以前の保険会社から,3年前に浄土宗が推薦する保険会社に変えました。本堂も現在入っている保険会社からいずれ変える予定をしています。ところで、書院の保険会社は、被害状況と地震保険の内容説明があり、一週間後には調査の結果報告がありましたが、現在本堂に掛けている保険会社はまだ、正式な結果報告が無いわけです。本堂のどの部分にどれだけの被害状況があり、何を基準に調査し、被害報告書を持ってくるよう連絡しましたが、いまだになんの説明もありません。其々の保険会社の約款内容によっても、担当者や調査をされる方の判断で調査結果が変わってくるものです。しかし、住職が普段から気にかけ台風や地震のときは、建物に被害がなかったのか、確認し少しでも被害があれば連絡するよう心掛けています。ほとんどの方は、保険内容まで把握できないものですから、保険会社は保険(保障)金額を上げ、時価額補償にしています。例えば、その建物に1700万の保障額として、実際に被害が出ても限度額は時価額補償「770万」しかでないようにしているのです。証書や約款には専門用語で記載してますので、素人の私たちにはわからないようにしています。また地震保険でも、保険総額の半額で10分の1以下の被害額ですと、一切でないということですから、地震保険は全壊、半壊「一部損もあるが」するような大きな被害がでないと、保険金がでないようにしているわけです。保険会社は契約者から被害報告があれば、どれだけの被害状況なのか、何を基準にどのような調査したのか、その調査結果は連絡頂きたいものです。保険に入っている私たちも時々は契約内容を見直し、他の保険会社に見積を頼むのも勉強になります。
外では、台風21号が猛威を振るい今まで経験したことのない激しい暴風雨でカーポートが傾き、庭の百日紅も御堂に倒れかけていました。また本堂諸堂内は雨漏りが多々あり走り回っていました。境内墓地は供花や樹木の葉が飛び散っています。明日から掃除が大変です。

お寺あれこれ 62

お盆を終えて

今年の棚経参りでは何件かお断りの連絡がありました。其々高齢者世帯の方や体調が悪い檀信徒の方である。ご病気で療養中のこと早く良くなって頂きたいものです。この夏は例年になく厳しい暑さが続きましたので、昼間には庭や境内の掃除もできず、中途で途切れたような気持ちでお盆を迎えました。先ずは遠方(大阪、神戸)の棚経参りです、また他寺の施餓鬼会に随喜し、続いて京都市内、大津市内に行き,最後に亀岡市内を回り、私にとってのお盆の行事が終りました。お仏壇の前には精霊棚があり、先祖様の供養とともに、普段供養されない精霊にも供養させて頂きました。お勤め中は経本を持ち、ご一緒に念仏を称えて頂いた方、うちわで背中を扇いで頂いた方、冷たいお茶をご用意して頂いた方、等々色々とお心遣い有難うございました。
ところで毎年思うのですが、旧暦7月15日「旧歴盆」が今年はいつなのか、2018年は8月25日です。その年によって多少の前後があり、8月中頃から9月初旬の初秋頃が旧暦盆の時期であったようです。なぜ日がかわるのか、この年になってもわからず、調べてみますと、「平成31年、浄土寶暦」に歴の見方、【暦法、旧暦と新暦のちがい】太陰暦、朔望月(月の満ち欠けの周期)を1ヶ月とする暦法、太陽歴、地球が太陽の周りを回る周期を基にして作られた暦法、太陰暦は純太陰暦と太陰太陽暦の2種類ありますが、日本では暦法が初めて用いられたのは推古天皇12年(604)といわれ、明治5年(1872)の太陽歴採用までの千数百年間、改暦はありながらも一貫して立春の頃を年始とする太陰太陽暦が用いられた。明治5年以降は太陰歴(旧暦)から太陽歴(グレゴリー歴、新暦)へ変更され、現在でも太陽歴がが用いられています。・・・・と載っていました。
関東では新暦の7月盆にお盆が行われ、関西では1ヶ月遅れの新暦8月盆です。またある一部の地域では旧暦盆の時期にお盆の行事が行われているようです。時期的には関西の8月盆が昔の盆の時期に近いですね。私たち日本人のふるさとを想う心が忘れられています。お盆は家族が仲良く過ごして、ご先祖を迎え、自分を育てた頂いた父母や祖父母に感謝し、今後の人生を静かに考える時ではないでしょうか。

 

 

 

お寺あれこれ 61

お盆を迎え―お供え物ー

猛暑が続き孫と一緒に作っている夏野菜も少々弱り気味です。夕方の水やりが大変です。8月8日の盆施餓鬼会に収穫できた野菜も供えられたらいいのですが、今日はカボチャとキュウリととゴーヤが取れました。午前中は京都まで棚経参りに行って来ました。夕陽が落ちてから墓の掃除と草引きです。当山から愛宕山がよく見えていますが、7月31日は千日「火迺要慎」参りです。また火星が地球に最も近づく日だそうです。東南の夜空に赤く光る火星が輝いていました。いよいよお盆が来ました。

 

 

 

お寺あれこれ 60

床が変われば眠れず。

昔の職場仲間と久々に食事をしました。メンバーそれぞれが寺の住職なのでなかなか日程が決まらず調整にもひと苦労です。今回は琵琶湖湖岸にある旅館で食事と温泉が楽しめましたが、なんといっても琵琶湖の夜景が絶景でした。昼間は参加された住職さんの寺が近くにあり、表敬訪問し庭を拝見する。住職と檀家の方で作った庭だそうです。三門に入る石畳には両側には石積の上に松が並び本堂前に数本立派な松があり見事です。その内の何本かの松は住職が剪定をされるそうです。また本堂裏には昔竹藪であった所をその住職と奥様が竹藪を自ら伐採して桜を植えられたそうです。春には方丈からの桜が見事だそうです。それにしても住職ご夫妻と有志の檀家さんによってできた手作りの境内と庭には感心させられます。どれほどの時間と労力がかかったことか、健康でなければ庭の掃除も剪定もできないし、なにより庭の話しができません。お互い健康には注意したいものです。仲間との楽しいひと時も過ぎ、別れを惜しみながら自坊(寺)へ帰る。妻に土産話をして、寝ようと自分の部屋に入ると整理整頓してあり、私の寝るところは、二男の部屋に変わっていました。床に入って、横になると、二男の使っていた本棚や机と椅子が自然と目に入り、子供から独立まするまでの様々な想い出が頭に浮かんで眠れません。子供の独立とは親にとって、なにか寂しいものです。眠れず 歳かな