お寺あれこれ 67

年末年始は恒例の大掃除と正月の準備であっという間に過ぎてしまいました。昨年は檀信徒の方で、お墓に関する相談が多く年末も当山に墓所をお持ちで、継承者がなく墓所を整理することや、また出身地の寺で両親の永代供養をしているので、自分もそちらの寺で供養をお願いするということです。その方はやむなく当山にある墓地を返還されました。新しく墓所をお求めに来られた方には、即断はせず今後の事を含め、出来れば同じ宗派の墓地をお勧めする。こだわりがなければ大きな霊園墓地や各宗派の本山の納骨堂や永代供養も一つの考えであることを伝える。わざわざ年末に相談に来られたが私の考えを聞いて帰って頂いた。当山もこの数年で18件の檀信徒の方が他の墓地へ改葬された。仏壇や墓地が家系で受継がれ供養されない時代である。供養も墓も個人一代で終わり彷徨い多様化する時代である。寺院消滅とは当寺のことではないかと心配する。今年も寒波の中新春を迎える。昨年暮れに歴代上人墓所の耐震工事を終了し、続いて今年の春彼岸には私以降が入る歴代住職の墓所が完成する。自分が入る墓所ができることは安心である。今年は天皇ご退位の年で年号が変わる記念すべき年に墓所が完成することは、喜ばしことです。一休禅師の「元旦や冥途の旅の一里塚めでたくもありめでたくもなし」という歌がある。正月に門松を立てることは死出の旅路であるという生死「人生」観に対する」問いかけである。日々是元旦、日々是大晦日、日々、時々刻々、この一年を送りたいものです。

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